【非公式】この素晴らしいユニバに祝福を!〜東北大学ユニバーシティハウス三条の評判と実態、魅力〜

東北大学ユニバーシティハウスをまあまあ中立的にに入居者目線でご紹介!アクセス?評判?なにそれおいしいの?

共同生活での葛藤

f:id:mitsuru100:20180218183636j:plain

 結構ある。

ちなみにこのブログはやっぱり中本充としてではなくぼくとして続けていこうかなあと思ったのでストレス発散に書きますよ。。。

 

そう。この写真見てすごく今微妙な気持ちになった。

これはアドバイザー倉庫の写真なんだけど、3時間ぐらいかけてこういう状態に在庫を整理した。

こうなる前はユニバ1の管理室の倉庫とここで在庫が分かれていて、しかも管理室の倉庫でも分散している上にアドバイザー活動とは別に何年も前に「個人で」イベントを立ち上げていた「個人」の遺留物がそこそこあって(書道が得意な人が書道を普及させるためにかなり本格的になにかを企画していたっぽい。大量の筆が見つかった。)

あと、この倉庫も散乱していてイベントの度にすでにある在庫を重複して買うという馬鹿なことを繰り返していたのだった。

その人の残したものは誰のものにするかとか、そういうことで管理室のいまはいらっしゃらないスタッフさんと検討した時間を含めたら3時間ではすまないと思う。

まあでもここに統一するのがいいに決まっていると言うことで「同僚」と二人で特に誰に言われることもなく黙々と分類して片付けたのであった。

きれいにしたらみんなずっときれいに使うだろうなーとおもってこの10ヶ月後に見たときには元の状態よりあれていた。がっかりしたね。でもまあそんなもんだ。誰かが悪いって話じゃない。

それは今まですんできた元汚かったユニットも同じ。誰かが悪いってことじゃない。

そういえばユニットで過去になんで大日本帝国があんなことをしたのかって話になって、そのときは旧日本軍が進軍して先祖が死んだなどというメンツもいたけれども、やっぱり誰かが悪いって決めつけるのは安易すぎるという結論に至った。あの状況で誰かが暗殺されたとしても大して歴史は変わらないという結論だ。

葛藤だし不謹慎だけど、時代と場所が変わってもまあ同じようなことが起こるんだねってことでなかなか興味深い。

だからこそもし「誰かの責任」思考に陥ったときはそれはそれ、未来を考えようという思考にスイッチを入れるという癖がついた気がする。まあ重大な過失がなければだけど。どうせ汚いユニットに当たった人がいたら誰かの責任を問う前に(問うてもいいとおもうけど)なにか前に進む行動を自分からとった方がいいと思う。だいたいそれで上手くいってきたから。責任を問うのはその後でいいし、まあ快適になった快感でどうせそんなことは忘れるに決まってる。

f:id:mitsuru100:20170320195940j:plain

そういえば先日ユニットメンバー(英語しか話せない)が事件に巻き込まれた。

帰宅時車に当て逃げされ、肩が痛いという。

だいたい夜の12時ぐらいに僕の部屋をノックして痛み止めを求めてきたことから発覚した。普通はそういうことはないので、相当痛かったんだろう。

不味いとは思ったけど、ほんにんがそれでいいというのでバファリンの高級なやつをあげた。常用されると危険なので3回分だけ渡して、必ず医者に行けといった。まあ結局いかなかったらしいけど。

交通事故でその場では大丈夫そうに見えても後から突然容態が悪くなる可能性があることを知りつつもこういう行動をとったことは倫理的に正しくないことは自覚している。

本人が面倒を嫌がっていたのでそれに従ったというのは極めて醜いいいわけだ。

普通は警察に通報すべき事案だ。

が、僕としては悩みどころだった。というのも重要な用事が翌日控えていたからだ。

もし警察に通報すれば、なぜその場で通報しなかったのか、とか、事件直後だったから検問なりをひく大騒動になったに違いない。当て逃げは重罪だ。

んで、夜だから大学も仲介してくれないと思われた。これは即ち日本語で僕が通報する以上、夜遅い中翻訳係をやらされるか、そうでなくとも日本の警察という極めて場違いな場所に彼を一人にして不安にするわけにはいかんので結局つきそう羽目になっただろう。

次の日に影響が出るのは明らかだった。

もちろん本人には保険診療が受けられない可能性等を説明したが、めんどうは嫌だと言い張るので、僕はプレミアムバファリンを渡して話を終わらせた。

次の日はきちんと寝たおかげで僕の用事は思ったより成功した。

人を助けようとして自分を犠牲にするのは誤りだ。だが感情はそうは動かない。

ユニバでの数年間、僕は結構そういう二択を選ばされる機会が多くて犠牲の方を選んで、いろいろと差し支えたことも多かったので、最近はもう迷わず自分の利益を尊重する。葛藤しながら。

まあこういうのは人に説明するのが面倒なことが多くて、他人には大抵理解されないし、こんないいことをしたから許せといって許してくれる人がそこまで多い世の中だとは思っていない。

でも、社会に出る前に自己犠牲野郎にならない精神が育ったのはよかったと思う。大切なのは他人ではなく、自分とその家族である。

世の中には意外と人を助けようとして溺れる人が多いという。それは水没という意味でも、広義の意味でもだ。それはまずい。

水難事故なら犠牲者は2人より1人の方が社会全体から見たら正しい。助けようとして犠牲になった人を美談にするのは時代錯誤だ。

教科書では学べないその葛藤における当事者の心を学べるのはユニバに限らず共同生活に多く、そしてユニバはその特殊さ故、確率は高いと思う。

何が言いたいのかと言えば、人を助けるには相応の力が必要と言うことで、誰かを助けられるなどと無条件に言えるのは、傲慢なのかお金持ちとかなのかどちらかしかないということだ。

ーーー

ちなみになぜ警察に通報すると面倒になるのか知ってる理由は僕が同じ目に遭ったことがあるからだ。割と最近。。。。

どうせ面倒なことになるだろうと思って、それでももしかしたら面倒にならない方法もあるかもと思って弁護士に相談したら警察に行けと言われたので仕方なくいったら、案の定めちゃくちゃ面倒なことになったのであった。

その後、神社による度に置いてある交通安全のお守りが気になってしょうがない。

交通安全お守りステッカーを貼っている車両で荒い運転をしているのを見たことがない。たぶん交通事故のことをよく知っているのだろう。

割と面白い発見ではあった。